ー世界はきっと、美しいー
ネパールで帰国難民生活

ネパール、ロックダウン開始|ある日突然、街がシャッター街になる

【ネパール帰国難民生活】2020/03/23~3/24

ポカラ(ネパール)-Pokhara-

その頃のネパールは、発表されている感染者も10人に満たず、平和そのものだった。

世界のあちこちでの混乱は、どこか「対岸の火事」状態で、むしろコロナウィルスの影響は自国である日本の方が大きく、帰国を躊躇っていたほどだった。

どこから来たの?と聞かれて「日本」と答える事に後ろめたさを感じていたし、相手を安心させる為に「日本を出たのは随分前だから大丈夫」と言い訳をしていたくらい。

それくらい、世界の中でも「日本・中国・韓国」、続いて「イラン・イタリア」などが特別に危険視されていた。

まさか、この平和なネパールで、いきなり世界のコロナ禍の影響を直接受ける事になろうとは、まるで想像していなかった。

「ロックダウン」という言葉の意味すら、よく知らなかったのに。

▼前回のお話し▼
ポカラの野外映画館「ムービーガーデン」と、伝統医療の「アユルヴェーダー」体験

ロックダウン前日|突然、街の半分がシャッター街になる

2020年3月23日。

昼食を取ろうと街に出る。

普段と変わらない1日の始まり。

…のはずだった。

だけど、街は静寂につつまれ、普段は活気あるメインロードの半分がシャッター街になっていた。

昨日までの活気はどこへ!?

何が起こったのか、まるでわからなかった。

旅人としてはあるまじき行為なのだけれど、ネパールはもちろん「アフリカ」という少なからず安全とは言えない国々を旅していたというのに、私は大切な情報源「たびレジ」にすら登録していなかった。

普段はガイドブックやWEBの情報で事足りていたものの、こういう緊急事態になると全く無意味。

もしかしたら、事前に「ロックダウン予告」などがされていたのかもしれないけれど、私はそれに気づかなかった。

宿に私含め7人の日本人がいるものの、全員みごとに「情報」など1つも持っていなかった。

呑気なものだ。

「ロックダウン」という言葉すら知らなかった私。

まさか、「これがロックダウンの前兆である」などとは1ミリも思わず、「外国人観光客が激減してしまったから、店を閉める事にしたのだろうか?」などと考えていた。

それにしても、前日まで通常通りだったにも関わらず、街の半分の店舗が示し合わせた様に一斉に閉店するのは違和感しかないのだけれど、情報源を持たない私が、いくら考えたってわかるはずがない。

不思議な気持ちを抱えつつ、ランチは通常営業をしていた「ケンタッキー」に決める。

持ち帰りにして、湖沿いで食べる。

なんて呑気なのだろうか。

この時は、「このまま街の半分の店舗しか営業しないのかな」なんて考えていた。

ロックダウンの開始|町の全てがシャッター街になる

2020年3月24日。

翌日、アフリカから一緒に来ていたワタルさんを連れ出し、得意げに説明をする。

「聞いてください!なんと街の半分がシャッター街になっていたんですよ!」

そう言って、開いている店でランチを取ろうと外に出る。

街の半分…どころではない。

街の全ての店舗のシャッターが下りていた。

えー!?

何事かっ!??

全く状況がわからないものの、開いているお店はないものかと探しまわる。

ゴーストタウンって、まさにこういう状況の事を言うのか。

開いているお店どころか、通行人すらいない。

ゴーストタウンを彷徨っていると、1人の通行人が声をかけてきた。

RPG的な、イベント発生!

彼は親切な住民A…ではなく、麻薬の売人だった。

怪しいイベントの発生だ。

ゴーストタウンで出会えるのは、健全な住民ではないらしい。

麻薬…というかマリファナ(大麻)が主な商品になるのだけれど、これらのネパールでの流通度は高い。

もちろんネパールでもマリファナは「違法」なのだけれど、レストランやカフェなどで堂々と吸っている人も多く、日本でのそれと比べると「拒絶反応」は少ない雰囲気だ。

「高校生が違法と知りながら、陰でこっそりタバコを吸う」みたいな感覚なのだろうか。

一介の住民や旅行者が、そんなものをどこで手に入れるのだろうと思っていたのだけれど、こんなに簡単に手に入るのだから、そりゃあ流通もするよね。

ピュアな私たち(←自分で言うな)は、マリファナに用はないのでスルー。

通り過ぎようとすると、「レストランを探しているの?紹介するよ」と言われる。

この状況で、自力で食べ物を探すのは難しそう。

地元民に頼らなければいけない極限状態だ。

もちろん、小心者で疑い深い私は、1人だったら絶対に付いては行かないけれど、頼りになるかは別にしても(←ひどい…)、今はワタルさんが一緒なのだ。

空腹には勝てないので、付いて行ってみる。

メイン通りから路地に入り、ぐるぐるとあちこち歩き回った果てに、1軒のレストランの前に着く。

今ココがどこなのかは不明だ。

そのレストランも閉まっていたのだけれど、柵を勝手に乗り越えて裏口から侵入。

え!?

そんな事してもいいのかな!?

麻薬の売人に連れていかれたレストランは、悪の巣窟…という事は当然なくて、普通におばちゃんが作ってくれるローカルなお店。

売人にお勧めされた「スープモモ」を注文。

やっと食べ物にありつけた。

ありがたい。

会計時には、麻薬の売人が飲んでいたロキシー(ネパールの地酒)の値段も勝手に加算されていたのだけれど、まぁ連れてきてもらえた代金として払ってしまおう。

1杯50円程度だし。

人相は悪いけれど、悪人ではない。

日本では「ヤクザ」の商売なイメージが強いけれど、この国では少し違うみたいだ。

「このお店で食事を取る事ができる」と知れたので、よかった。

これで飢える事はなさそうだね。

(その後、二度と行く事はなかったけれど)

ロックダウン初日の夕食|宿でダルバート・タルカリを食べる

ロックダウン初日の夜。

宿でダルバート・タルカリを食べる事にした。

ダル(豆)のスープとタルカリ(イモのおかず)とアチャール(漬物)などを、バート(米)と一緒に食べる。

そういえば、宿はレストラン併設なのだ。

外食が一切できなくなったとしても、宿の食事にお世話になれば、生きていけるね。

自転車でアンナプルナトレッキングに行っていたタクミ君に会うため、ポカラの田舎の村からレイクサイドに戻って来たのが3/20。

この後5ヵ月間滞在する事になる「ペンギン・ゲストハウス」にチェックインしたのが、3/22。

ロックダウン前日の「半分シャッター街現象」が3/23だから、間一髪だった。

長く滞在するなら、情報共有という意味でも「日本人環境」は大切だし、オーナーも日本に精通していて日本語が話せるので安心。

車両の通行も禁止だから、あと数日遅れていたら、「インスタントラーメンしか食べられない田舎」に数ヶ月滞在するという、また違った物語が始まるところだった。

それはそれで貴重な体験…??

 

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