ー世界はきっと、美しいー
インド -India-

【南インド総集編】女ひとり南インド、敗北

【インド周遊記】2018/01/16~01/24

 

南インド。

北インドよりも人々が穏やかで素晴らしいと聞いていた。

そしてそんな南インド旅の始まりは、どの旅人も絶賛する「ハンピ」という町。
旅人の沈没地としても有名なハンピ。

ハンピの景色は、確かに素晴らしかった。
だけどそのハンピで、私は1泊しかしなかった。

南インド自体も、私はわずか1週間しか耐えられなかった。
急きょ航空券を手配して、私は逃げる様にインドを出国した。

まだまだ行きたい町はたくさん残っていたのに。

これ以上この場所にいたら、「インド自体」を嫌いになってしまいそうだったから。

私は、南インドが嫌い。

私が男なら、もしくは1人旅ではなかったら、 南インドが大好きになったかもしれない。

だけど「女」で「一人旅」での南インドは、不快な旅でしかなかった。

確かに、声を掛けてくる人の「総数」は減った。
だけど声を掛けてくる人ひとりひとりの「質」が変わった。
ローカルと関わる度に、私の不快指数がどんどん上昇していった。

そして不快の原因は、大まかに2パターン。

私を「女」として見てくる、セクシュアルハラスメント的な不快感。
私を「外国人」として差別的な目で見てくる、高圧的な態度への不快感。

南インドは教育水準が他と比べて高いから、高飛車になっているという面もあるんだろう。

だからこの期間は日記を書いていないし、思い出を語る気にもなれない。
だけど「景色」は美しかったから、ダイジェストでまとめる事にした。

ハンピ|旅人お勧め度No1の町


大岩が織りなす光景が、なんとも素晴らしい。

だけどメインの「ハンピ村」は、政府の方針で宿泊ができなくなっている。

日本人に大人気の宿もこのハンピ村にあって、美しい岩の町の麓で過ごすのが醍醐味だったみたい。

宿泊禁止になったのが最近だから、この先の旅人の感想がどう変わるのかは未知数だけど。

今は、「ハンピ村」の対岸にある「ヴィルーパプール・ガッディ」に滞在ができる。

のどかで素晴らしい場所なのだけど、ハンピ村に観光に行くのに逐一船を待つ必要があるのが難点。(片道20ルピー/36円)

そしてこの「ヴィルーパプール・ガッディ」も間もなく宿泊禁止になって、バスで30分のホスペットという町から通う事になるらしい。

ハンピ村へ入るのに入村料を取り、村ごと観光地化する計画なのだとか。

ホスペットは普通の雑多な町だから、「のんびり滞在」が人気だったハンピの魅力は、少なからず下がってしまうんじゃないかな。

村の賑わいから離れて、岩山歩きをしている時は楽しかった。

そして「ヘナタトゥー」初体験。

「ヘナ」という植物を使って描くタトゥーで、インドの多くの女性が入れている。
2~3週間ほどで自然に消えるから、とってもお気軽。

描いてもらった直後は、焦げ茶色。

そして乾いてポロポロと剥がれ落ちた後に、タトゥーとして跡が残る。

ハンピに到着した翌日、急きょ次の町への夜移動を決意した。

決め手は、宿のスタッフ。

初日の夕方、ハンモックに腰を掛けてくつろいでいたら、後ろから両手で目隠しをされた。
それって、高校生くらいのカップルがやるやつ!

その事をきっかけに、私を見かける度にしつこく纏わりついてくる様になった。
私ははっきりと不快感を示しているというのに。

外で何があっても、宿は憩いの場であってほしい。

わずか1泊。さよならハンピ。

夜行バスと電車を乗り継いでケララ州「アレッピー」へ。

ケララ州「アレッピー」から「コーラム」へ|バックウォーターの旅

ここで初めて、南インド料理を食べた。

海に面したケララ州は、インドでは珍しく「魚」が名産。
そして南インド料理は、バナナの皮に包まれて出されるスタイル。

ケララ州へ来た目的は、バックウォーターの旅をする事。

次の町「コーラム」までバスで1時間半で行けるのに、運河沿いを船で8時間かけて移動する。

アレッピーは、何となく居心地の良さを感じた。
夜に着いて朝に出発しただけだから、何とも言えないけど。

だけど宿が1泊分しか確保できなかったし、バックウォーター以外に目的もなかったから早々に去った。

のんびりとした船の旅。

もし1人旅じゃなかったら、「ハウスボート」という宿泊用の船に乗ってディープな場所まで行きたかった。

だけど私1人の為に「船長」や「専用のコックさん」まで付ける旅なんて、気分的に贅沢過ぎると思ってやめた。

途中で2回、休憩の為に船を降りる。

1度目は食事休憩。

2度目はお茶休憩。
バナナのお菓子を食べた。

船員さんが、もうすぐ像が見えてくるよと教えに来てくれた。
この船は、船長さんも船員さんも感じのいい人。

そして陽が落ちたあと、「コーラム」に到着。

宿の目星が全くついていない。
ふらふらと彷徨う。

ローカル風の「Hotel」を見つけて尋ねるも、「ここに部屋はないよ」と言われる。
「満室」という意味ではなくて、「ここは宿泊施設じゃない」という意味で。

え?でも「ホテル」だよね??

そんな事を2~3件繰り返す。
諦めて、少し高そうなホテルに行ってみる。

そこも「ホテル」じゃなかった。

え?「プリンスホテル」だよね??

2時間くらい探しても見つからない。
もう仕方がないから、明らかにホテルとしか思えない建物に入る。

ホテルだった。

だけど1800ルピー(3240円)もすると言う。

「ディスカウントして~(泣)」と泣きついたら、900ルピー(1620円)にまけてくれた。

後でわかった事だけど、南インドでは「レストラン」の事を「ホテル」と呼ぶらしい。
私は、レストランに入って「部屋は空いてますか?」と聞いて回っていたわけだ。

 

カニャクマリ|インド最南端の地

太陽が海から昇り、海に沈む場所。
アラビア海、インド洋、ベンガル湾の、3つの海が混ざる場所。

長い旅の果てに、ようやく辿りついたという旅情感に浸れる場所かと思っていた。

だけどこの町は、本当に最悪。

申し訳ないけど、ブッダガヤーの時みたいに「この町のいいところを探しに行こう」とすら1ミリも思えなかった。

最南端の地点だけさらっと見に行ったら、あとはホテルに引きこもっていた。

「インド料理」すら食べる気分になれなくて、不味いホテルのトーストとクッキーで空腹を満たした。

西インドの旅を経てこの国が大好きになっていた私は、西インド人とのギャップを受け入れられなかった。

「WiFi」使えると言うからチェックインの手続きをしたのに、実際は使えなかったからキャンセルをしたら怒鳴られた。

(もちろん入室前。チェックイン中のレセプションにて。)

「なんでだよ!!!!金払え!!!!おい!!!!」

物乞いの女性に、「金を出せ!!!!!」と激しく言い寄られた。

記念館に入ろうとしたら、「寄付を払え!!!!!」と高圧的に要求された。

断っても断っても、客引きがストーカーの様に付きまとってくる。それも何人も。

若い男たちに「一緒に写真を撮ろう」と言われて断ったら、悪態をつかれた。
その後もジロジロとずっとこっちを見てくるから、私は立ち去らざるを得なかった。

人目を避けて、一人岩陰で海を見ていたら、遠くから私を発見した男たちが、わざわざ岩を越えて傍に寄って来た。

「一緒に写真を撮ろう」

断っても断っても傍から離れないから、私が怒った様子で立ち上がってその場を離れようとすると、
「ごめんごめん!わかったから、ここにいていいよ!」
と慌てて止められたのだけど、私は振り返らずにプンスカと立ち去った。

宿は大きな中級ホテル。
…とは言っても1泊1000ルピー(1800円)だけど。

さすがに不快な態度を取るホテルマンはいない。

ホテルなのに「今までどこを旅したの?」「隣の〇〇っていう町がお勧めだよ」なんて穏やかに世間話をしてくれる。

ホテル内では、安心して過ごすことができた。

用もないのに夜や朝に内線電話がかかってくる。

「チェックアウトは明日?」
「今日はもう寝るの?」
「おやすみなさい」

「おはよう」
「チェックアウトは今日だよね?」
「何時に出るの?どこに行くの?バス?電車?」

私はこれを変だとは思わなかった。
だけど帰国後に人に話したら、それは変だと言われた。
他の人々が強烈過ぎて、感覚が麻痺していたのかもしれない。

本当はこの後に行きたい町が何ヵ所かあったのに、私はここから15時間も列車に乗った先にある「チェンナイ」まで、一気に北上する事にした。

チェンナイには1泊もせず、そこからマレーシアのクアラルンプール経由の飛行機に乗って、日本に帰る。

カニャクマリの滞在はわずか2泊だったけど、それでも長くて耐えがたかった。
早く日本に帰りたかった。

やりきって、清々しく帰国するわけではない。
逃げ帰る様に終わった、私のインド旅。

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実際は2018/11/29~2019/01/08に頂いたコメントです。

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