ー世界はきっと、美しいー
ケニア -Kenya-

【陸路国境越え】エチオピアからケニアへ|モヤレ国境を越えて、深夜のナイロビへ

【アフリカ大陸縦断記】2020/01/11

コンソ(エチオピア)→ナイロビ(ケニア)
-Konso to Nairobi-

朝起きたら、電気が付かなかった。

昨夜も付いたり消えたりしていたから、ここでは電気は不安定の様だ。

▼前回のお話し▼
アディスアベバからアルバミンチ、そしてコンソへ!「少数民族巡り」には行かないよ

コンソからモヤレ国境へ|ローカルバス

国境行きのバスの予約はしていないけれど、5時に来ると昨日聞いていたので、5分前に宿を出る。

路上に、バスが停車していた。

既に車内で横になっている人もいるから、早く来れば来るほど、希望の席に座れそうだ。

座席は3+2列シートで、座れたのは3人席の窓側のタイヤの上。

バスは6時頃に、ガラガラと音を立てながら出発。

まるでビッグライトで大きくしただけのブリキのおもちゃみたいだ。

バスは、一度朝食休憩を取っただけで、その後は休憩もなく走る。

11時頃、国境の町モヤレに着いた。

モヤレ国境|越えてはいけない危険な国境?

ここは「越えてはいけない危険な国境」と言われていたりするけれど、今はどうなんだろう。

過去には、ここを越えて行ったバスがテロリストに襲われる被害もあったみたいなのだけど。

雰囲気は、雑多なだけで穏やかだ。

国境まで、20分ほど歩く。

国境は12時~14時は昼休みで閉まってしまうみたいなので、1時間以内に抜けなければならない。

手続き自体は簡単で、なんとか12時までに抜ける事ができた。

ケニアのビザも、入国審査のオフィスで取得。

あのゲートの向こう側が、エチオピアだ。
もう二度と、行く事はないだろうな。

ケニア側の国境の町モヤレ(同じ名前)で、余ったエチオピアブルをケニアシリングに両替。

カフェでくつろいでいた人たちに、両替ができる場所を聞いてみたら、両替商を呼んできてくれた。

公式レートは1エチオピアブル=3.14ケニアシリングだというのに、1エチオピアブル=2.3ケニアシリングだと言う。

レートが悪すぎる。

ここではこういうものなのか、もしくは彼がぼったくりなのか。

レートのアプリを見せて、「公式レートは3.14だよ!低すぎるよ!」と言ってみる。

両替商は1歩も引かないものの、カフェのお客さんたちが私の見方になってくれて、何故か私よりも一生懸命に抗議してくれている。

両替商は去っていき、他の両替商を連れてきてくれるという。

座って待たせてもらう。

次に来た人が、1エチオピアブル=2.23ケニアシリングだと言う。

さっきより悪くなっている!笑

「さっきの男は2.3シリングだと言っていたよ!」と伝えるも、一歩も引かない。

またカフェのお客さんたちが抗議してくれて、2.3シリングで話がまとまった。

ここでは、こういうレートなんだね。

もらった紙幣がボロボロだったから取り替えてもらおうとしたら、その交渉も助けてくれた。

ん???

ケニア人、めちゃくちゃ親切じゃないか???

彼らには、一銭の得もないというのに。

いや、全員がグルの詐欺集団だったらアッパレだけど。

モヤレスターというバス会社のオフィスまで、案内してくれた。

出発は、午後2時。

なんと2,000シリング(約2,000円)もした。

さっき作ったケニアシリングが、ほぼ無くなってしまったよ。

あとは飲み物を買えるくらいのお金しかない。

そんな貧乏人なのに、コーラを40シリング(約40円)で購入。

だってここ、めちゃくちゃ暑いよ。

今まで冬だったのに、急に夏が訪れた。

バスに積む荷物は、袋に包んで名前と席番号を書く必要があるらしい。

袋代が、100シリング(約100円)。

私の現金…あと250シリング(約250円)。

モヤレ国境からナイロビへ|大型バス

バスが来た。

私の荷物が、既に運ばれて消えていた。

バス2台来てるのに!

私の荷物、別のバスに行っちゃったら大変!

どこだどこだと探していたら、親切な人々がこれだよと教えてくれた。

そして、「このトランクのこの場所に積むからね!」と、わざわざ荷物入れのどの位置に置くかまで、この目で確認させてくれた。

私の席が、なんとダブルブッキングになっていたのだけど、それも何やらどうにかしてくれて、予約通りの席に座らせてくれた。

走り出す前に検問を受けたのだけど、乗客全員が降ろされたのに、私は車内で悠々とチェックを受ける。
(これはエチオピアでも同じだったけれど)

検問の兵士は、笑顔だった。

乗務員が、チャイナから来たの?と聞いてくれた。

いつも、チャイナ!チャイナ!へいチャイナ!と呼びつけられていたので、こうやって一度聞いてもらえるのは嬉しい。

ジャパンだよと言ったら、ウェルカムトゥケニア!と言って、ニコッと笑って握手を求められた。

んんん???

ケニア、凄く穏やかでいい国では???

まだ国境だし、判断するのは早すぎるけどさ。

まるでスーダンを思い出すよ。

ここモヤレ国境は「絶対に通ってはいけない危険な国境」と言われていて、これから行く首都のナイロビは、少しの移動でもタクシーに乗らなければいけない「凶悪都市」と言われているのに。

なんだか拍子抜けだよ。

バスは定刻の2時頃に出発した。

次の検問で、何故か私と数人の乗客だけがバスから降ろされる。

小屋に入り、エチオピアから来たという男性が、賄賂らしき金額100シリング(約100円)を要求されていた。

えー!私はあと250シリング(約250円)しか持っていないのに!

…と思ったら、私はパスポートチェックだけで開放された。

あの男性は、何かやましい事があったのかもしれない。

私は、何でバスから降ろされたんだろう。

途中、どこかの町で夕食休憩に入る。

水を買おうと売店に行くと、売店の中は鉄格子で守られていた。

鉄格子越しに、商品やお金のやり取りをするのだ。

売店の外にある冷蔵庫にも鍵がかかっている。

いつもなら、自分で冷蔵庫を開けて商品を取り出し、「これください」と買うのだけど。

冷蔵庫の中の商品も、外にいるスタッフに鍵を開けて出してもらう。

ここで対応してくれた人も優しくて、トイレの場所なども丁寧に教えてくれた。

だけど、この厳格な守りを見るに、決して「治安が良い」とは言えない国なのだという事がわかる。

バスは再び、夜のケニアを走る。

深夜に到着したナイロビ市内

そして、出発から12時間後の深夜2時頃。

バスは順調に、ナイロビ市内に着いた。

順調に…は、着いて欲しくなかった。

ここは、アフリカの国々の中でも屈指の「凶悪都市」と呼ばれている、ケニアの首都「ナイロビ」。

私が宿泊する予定の宿は、そのナイロビの中でも更に危険と言われている「ダウンタウン」にあるのだ。

そんな危険な場所に、真っ暗な深夜に着いてしまった。

どうしようか。

もちろん、これは想定内。

エチオピアから陸路で国境を越えて来た旅人は、ほぼ全員が深夜の到着を余儀なくされている。

国境からここまでは12時間もかかるので、これは避けられない事態なのだ。

そして皆さん、ここから恐る恐るタクシーで宿まで向かっている。

ここで、問題に気づく。

私、ここでのタクシー代について、まるで忘れていたよ。

お財布を覗いてみる。

そこにあるのは、わずか100シリング(約100円)。

無理だー。

いくらなんでも、100円でタクシーに乗れるはずがない。

ちょっと…、今わたし少しピンチなんじゃないか?

こんな深夜のナイロビ市内に、わずか100円しか持たない非力な女が投げ出されたら…。

一体、どうなるんだろうねぇ…。

ちょっと、選択肢について考えてみる。

その1、高くてもいいから、徒歩圏内のホテルを探して泊まる。米ドル払いで。

いやー、いくら徒歩圏内とはいえ、目星も付いていないのに「徒歩で探し回る」という行為自体が危険だよ。

却下。

その2、近くのATMを探して、現地通貨を引き出す。そしてタクシーに乗る。

う~ん。

近くにATMがあるのかも不明だし、あったとしても、こんな時間に大荷物をかかえた旅行者がATMなんて使ってたらさ、強盗さんの標的になるんじゃないの??

却下。

その3、タクシーと交渉して、米ドル払いにしてもらう。

可能かどうかはわからないけれど、これが一番安心か…。

とりあえず、バスから降りずに様子を見てみる。

もしかしたら、「朝までバスにいていいよ♪」なんてシチュエーションに、なるかもしれない。

20分ほど、バスで待機。

迎えが続々と来ているのか、徐々に人々が降りていく。

もうあと2~3人しかいないな、彼らはどうするのかな、と思っていた頃。

1人の青年が、「何か困った事でもある?大丈夫?」と声をかけてくれた。

青年に、タクシーに乗りたいのだけど100シリング(約100円)しか持っていないのだと、相談をしてみる。

そうしたら、なんと私の10ドル札と、1,000シリング(約1,000円)を交換してくれると言うではないか!

なんてありがたいんだ!

これで私は、タクシーに乗れる。

さらに、私の泊まる予定のホテル名を聞かれる。

答えると、なんとウーバーを呼んでくれた。

タクシーより、こっちの方が安全だよって。

なんてこった。

外は怖いのに、一人一人は優しいケニア人。

ウーバーは、すぐに来てくれた。

外に出て、いつの間にかバス会社のオフィスに運ばれていたバックパックを受け取る。

そこからウーバーに向かう途中、変な人が話しかけてくる。

青年が、適当にあしらう。

まだ付いてくるけれど…。

ウーバーに乗る。

青年が、運転手と窓越しに話をする。

行先について、説明をしてくれている様だ。

待っていると、付いてきていた変な人が、何かを現地語で発しながら、ドアを開けようとしてくるではないか!

え!何でっ!?

慌てて、ドアを内側から引っ張ろうとする。

すると間一髪、運転手がさりげなくドアをロックしてくれて、変な人はドアを開ける事ができなくなった。

運転手は青年と話している最中だというのに、後ろの私の様子にすぐに気づいて対応してくれた。

何てスマートで素晴らしい対応なんだろう。

一方の私は、「ドアを内側から引っ張って対抗する」という、頭のよろしくない方法しか思いつかなかったのに。

運転手と話し終わった青年が、運賃は300シリング(約300円)だよと教えてくれた。

ウーバーを呼ぶときに画面に出ていた金額は、確か580シリング(約580円)くらいだったと思うんだけど…。

もしかしたら、料金交渉もしてくれたのかな??

青年に、心からお礼を言う。

「僕は4ヵ月前にも、同じシチュエーションで日本人の男の子を助けたんだよ。こうするのが、好きなんだ!」と言われる。

なんていい人なんだ…。

先ほどの変な人が、今度は窓から手を伸ばしてくる。

青年がそれを制し、私はあわてて窓を閉める。

と同時に、ウーバーが出発。

慌ただしい最後になったけれど…ありがとう、青年!

ウーバーは、夜のナイロビ市内を走る。

ここが、凶悪都市ナイロビか…。

安全な車内から、ぼんやりとそれを見つめる。

そして、目的の宿ニューケニアロッジ(New Kenya Lodge)に到着。

ここは、日本人バックパッカーのほぼ全員と言える旅人が泊まる宿。

そういう「日本人の定番宿」みたいな宿が、世界各地にあるのだ。

この町なら、この宿だよね。っていうね。

普段の私は、特にそういう宿を好んで選ぶ事はない。

「日本人を避けている」というわけでは決してないけれど、「わざわざ日本人を求めにいく」という事もしないから。

人見知りだからね。

日本人がいようがいまいが、特にコミュニケーションは取らないのだし。

だけど今回ばかりは、自分で見つけたよくわからない宿よりも、日本人全員が選ぶ宿を選ぶのが得策かと思って。

なんと言ったって、ここは少しの移動ですらタクシーを使えと言われているほどの、「凶悪都市ナイロビ」。

その中でも更に治安が悪いと言われている、「ダウンタウン」なのだから。

話が反れたけれど、無事にニューケニアロッジまでたどり着いたところで、ウーバーのお会計。

青年にもらった1,000シリング札を出すと、なんと50シリングのお釣りがないと言われる。

「あとで振り込むから、このフォームに銀行情報を入れて」と言われたのだけど、たった50シリング。

300シリング(300円)が350シリング(350円)になったところで、無事に着いたのだから別に構わない。

必要ないよと伝える。

運転手に、先ほどの青年から電話がかかってくる。

私も、彼と話す。

「無事についたようだね。何の問題もなかったかい?」

問題なかったと、お礼を言う。

「いつか僕が日本に行ったら、その時は助けてね!」と、連絡先も知らないのに絶対にありえない約束をする。

彼なりの、気遣いのセリフだ。

ウーバーを降りるとき、運転手が「君が建物に入るのを見届けてから、僕は去るからね」と言う。

ありがとう。

だけど、目の前にあるあの入り口に入るのを見届けなければならないほど、ここは危険な場所なのだろうか。

無事に建物に入る。

階段を上った先が、入り口の様だ。

上っていくと、鉄格子の入り口には、内側から南京錠がかかっていた。

何度か「すみませ~ん!」と呼んでみるものの、誰も来ない。

鉄格子を、「カンカンカン!」と叩いてみるけれど、誰も気づかない。

時刻は3時過ぎ。…どうしようか。

とりあえず、ここで朝まで待機するしかないよね。

下の入り口に戻って、扉を閉めようとしてみるものの、閉まらない。

誰かが私に気づいて上ってきたらと考えると、とても怖いのだけど。

階段の電気を消して、闇に紛れて大人しくしている事にした。

誰にも気づかれませんように…。

…。

10分後、男性が階段を上ってくる。

どうやらスタッフの様だ。

彼が鉄格子に掛かっていた固いもので、鉄格子を「ガンガンガン!」と乱暴に叩く。

すると、すぐに中のスタッフが起きてきて、鉄格子を開けてくれた。

「こうやって開けるんだよ~♪」と、上って来たスタッフが得意げに笑う。

いや~、こんな時間に訪ねてきてさ、そんな強引な方法で人を呼ぶなんてできないよ…。

中では宿泊客も眠っているんだから。

だけど、良かったよ。

今夜はナイロビのダウンタウンで半野宿かと思ったのに。

10分で、中に入る事ができた。

中にいたスタッフは、こんな時間に起こされたというのに嫌な顔ひとつせず、私を快く受け入れてくれた。

案内された部屋は、3人部屋のドミトリーだけれど、今夜は私1人の様だ。

よかった。

越えてはいけない危険な国境の「モヤレ国境」を無事に越えて。

テロリストに何度か襲われた過去のあるナイロビまでの道中を無事に通過して。

凶悪都市と言われているナイロビに深夜に着いたけれど、無事にダウンタウンの宿までたどり着く事ができて。

私の「アフリカ大陸縦断旅」の全行程の中で、ここが一番心配していた危険な旅路。

それを今、無事に終える事ができた。

とりあえず、一安心。

ところで、ここナイロビはほぼ赤道直下
むしろ、赤道より少し南にある。

私はいつの間にか、南半球に来ていたのだ。

▼次回のお話し▼
凶悪都市ナイロビ?を女1人で歩いてみる&日本食レストラン「てりやきジャパン」

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