ー世界はきっと、美しいー
タンザニア -Tanzania-

【キリマンジャロ登山5日目|マチャメルート】いよいよ、アタック日!高山病と戦いながら

【アフリカ大陸縦断記】2020/01/25

バラフキャンプ(4,673m)→ウフルピーク(5,895m)→ハイキャンプ(3,950m)

23時に起きる。

少し、胃もたれと胸やけを感じる。

数時間前に食べた夕食のせいに違いない。

念の為、整腸剤を飲む。

軽食に、ビスケットをもらえた。

そして、深夜0時。

いよいよ、キリマンジャロの山頂に向けてのアタックだ。

▼前回のお話し▼
【キリマンジャロ登山5日目|マチャメルート】いよいよ、アタック日!高山病と戦いながら

最終キャンプ地(バラフキャンプ)から、キリマンジャロの頂(ウフルピーク)を目指す

外に出ると、既にヘッドライトの光が、山肌に列をなして光っていた。

「私は、出遅れてしまったのではないか」と、不安になる。

最初は、岩場の道を行く。

普段なら、何とも思わない程度の岩場。

だけど防寒の為にたくさん着込んで着膨れした私の足には、少々困難だ。

一歩一歩、一生懸命に登る。

真っ暗な中、ヘッドライトの明かりだけが頼り。

いま自分が、どの様な道を歩いているかなんて、まるでわからない。

ただひたすら、目の前に現れた道を進むだけだ。

歩き始めて少し経った頃。

防寒の為にと思って着ていた厚手のダウンジャケットが、すぐに邪魔になる。

山頂では、必要なのだろうか。

ここではまだ、とても暑い。

ペトロに「彼に預けなよ」と言われて振り向くと、後ろにはポーターがいた。

実は、ガイドのペトロとポーターに挟まれてのアタックだったみたいだ。

全然気づかなかったよ…。

再び、歩みを進める。

歩き始めて1時間。

とあるキャンプ地の横を通り過ぎる。

テントは、4~5棟くらいだから、そこまで大きなキャンプ地ではないみたいだけれど。

ここに泊まることもできるみたいだ。

その方が、アタックの時間を1時間短縮できるから、羨ましいな。

その先は、歩きやすい土の道。

うねうねと、ジグザグに蛇行しながら登る。

まるで富士山みたいだ。

真っ暗でわからないとはいえ、変化のない、退屈な道だ。

少し登ると、眼下に綺麗な夜景が望める。

いつも雨で、下界の景色なんて見えなかったのに。

今日ははっきりと、綺麗な夜景が輝いている。

上を見ても下を見ても、ヘッドライトの光が列をなしている。

少し、安心だ。

色々なチームを追い越したり、追い越されたりしながら、ゆっくりと登っていく。

いま私は、標高5,895mのウフルピークを目指している。

そこは、アフリカ大陸の最高峰

もし到達すれば、私の人生の最高到達地点にもなる。

今のところの最高到達地点は、ヒマラヤ山脈のカラ・パタール(標高5,550m)だ。

だけどこの調子じゃあ、どこの地点が何メートルかなんてわからないから、きっといつの間にか越えているんだろうな。

むしろ、途中でリタイアした場合は、記録を更新できたのかできていないのかさえ、わからずじまいで終わるという事だ。

2時間ほど経った頃。

少し息が苦しくなってくる。

睡眠不足と胃もたれが、かなり身体に堪える。

昨夜はたったの3時間しか寝ていないのだ。

睡眠不足は、高山病の大きな敵。

いっぱい食べる事よりも、しっかりと睡眠を取る事の方が、何倍も大切。

だから、食事はそこそこに、早く眠りたかったのに。

いつもの通り大量に夕食をだされて、胃もたれと睡眠不足でかなり辛い。

ペトロは、ガイドのくせに何もわかっていない。

登るにつれて、呼吸が苦しくなってくる。

睡眠不足と酸素不足で、歩きながら眠りそうになる。

「少し休みたい」と言って、岩に座る。

ペトロは、「そんなに休めないよ!2分だけだ!」という。

煩いな、それくらいのつもりだったよ。

だけど、確かに「少し」としか言わなかった私も悪いか。

次に休みたくなった時、「2分だけ休ませて」とはっきりと告げて休む。

目を閉じて意識を遠くに追いやりながら脳を休め、ゆっくりと深く呼吸をする。

そうする事で、次に歩き出した時に、ずいぶんと楽なのだ。

それなのにペトロが「寝るな!!」と、私の休息を妨害する。

煩いなー。

私の大切な休憩時間を、邪魔しないで欲しい。

「寝てない!ただ呼吸しているだけだよ!」

するとペトロが、「呼吸は、こうやってやるんだよ」と、激しいリズムで鼻呼吸をして見せる。

え…嘘でしょ???

本気で言っているの???

この人、やっぱり素人だ…。

この瞬間、私の中での「ペトロは登山素人説」が確証を持つ。

正しい知識も持たないままに、「ただひたすら、大量に食べ物を摂取すれば登れる」と本気で思っているのだ。

それ以上に大切な、歩き方であったり、呼吸法であったり…そういうものを、一切知らないのだ。

一度に大量に食事を取るよりも、こまめに水分補給をしたり行動食を食べたりする方が大切だと、知らないのだ。

私だって、登山は素人だけれど。

そんな私でも意識している事を、プロであるべき彼は知らないのだ。

唖然としてしまったよ。

アタックも、半分は過ぎたと思うのだけど…。

私の「呼吸が乱れる間隔」が、徐々に短くなっていく。

息が苦しい。

酸素が足りない。

これ以上、無理して登ったら、たぶん生きては帰れない…。

そう思うから、「これ以上歩けない」と思うタイミングで、岩に座り込んで呼吸を整える。

そうして、呼吸が整って、「もう少し行けそうだ」と思えたら、また山頂へと歩みを進める。

それが、私の登山方法。

なのにペトロが、「休むな!歩き続けろ!」と、私が呼吸を整える為の、わずなか休憩すら許してくれない。

え、休まず登ったら命の危険すら感じるレベルだから、休んでいるのだけど。。。

「疲れたから休む」の休憩とは、わけが違う。

「酸素不足で身の危険を感じるから、呼吸を整える為に留まる」のだ。

「休むな」と煩いペトロは完全に無視をして、私は私のタイミングで休む。

こんな素人のいう事を聞いていたら、自分の命は守れない。

彼に、私の命は預けられない。

この5日間で、そう判断したのだ。

あまりにも「休むな」と煩いから、「あなたは私を殺したいの?」と聞いてみた。

そうしたら、しばらくは黙ってくれるようになった。

また、すぐに煩くなったけれど。

私は、もちろん登頂はしたい。

だけど、命をかけてまで、挑んでいる挑戦ではない。

頂上は目指すけれど、「今の私の力で、行ける所まで行きたい」と思っている。

「もう限界だ。これ以上は登れない。今すぐに下山したい」

そう思って、ふらふらと岩場に倒れこむように座る。

だけど、そこで呼吸を整えて、「もう少しだけ、登ってみようか」と思い直す。

そしてまた、辛くなる…。

それの繰り返しで、ピーク(山頂)を目指しているのだ。

呼吸を整えた上で、「これ以上高度を上げれば、命を落とす」と思った時が、私の挑戦終了の時だ。

そういう気持ちで、登っている。

ペトロに、それを妨害する権利はない。

他のチームでも、やはり岩に座って休んでいる人がいる。

そんな登山者に、ガイドは励ましの言葉をかけたり、水を飲ませてあげたり、背中をさすってあげていたりする。

「休むな!登り続けろ!」と言っているガイドは、1人もいない。

いいなー。

隣の芝が、真っ青に見えるよ。。。

山頂が見えて来た。

もしかしたら、辿り着くかもしれない。

そう考えたら、泣きそうになってくる。

泣きそうになると、余計に呼吸が乱れる。

頑張って深く呼吸をしながら、登り続ける。

そして、登り始めてから7時間後の午前7時。

ついに、頂上のステラポイント(Stella Point)に着く。

標高は、5,765m。

人生の最高到達地点は、達成したみたいだ。

ステラポイントから、アフリカ大陸最高峰のウフルピークへ

雲海の中からは、いつの間にか太陽が顔を出していた。

あちらは、私が使ったのとは別のルート、マラングルートの人が使う道。

ポーターが、紅茶を淹れてくれた。

山頂で、温かい紅茶を飲みながら、ほっと一息。

実はここは、目指していたウフルピークではない。

ウフルピークは、ここから更に片道1時間ほどの先にある。

ここステラポイントとの標高差は、約100mほどなのだけど。

ここは、クレーターの淵の上。

たぶん、あれだ。富士山と一緒だ。

富士登山の場合も、各ルートの終点まで行けば、「登頂」となる。

ただし、本当の富士山の最高峰に行く場合は、クレーターの淵沿いを更に1周1時間30分ほど歩いて「剣ヶ峰」と言う場所を踏まなければならない。

それを、「お鉢巡り」と言う。

ただ、お鉢巡りはしなくても、「登頂」とは言える。

だって、クレーターの淵上のどこを取っても、「山頂」と言えるのだから。

だから、私はこのステラポイントに到達した時点で、キリマンジャロの「登頂」には成功したのだ。

だけど、「最高峰」を目指すのであれば、富士山で言うところのお鉢巡りをして、「ウフルピーク」まで行かなければならない。

えー。

もう別にいいかなー。

片道1時間の道のりなんて、もう無理だよー。

だけど、「行かない」という選択肢はないみたいだ。

富士山の剣ヶ峰は、行かない人も結構いるんだけどな。

ウフルピークに関しては、どうやら「当然行くもの」らしい。

仕方がないので、また歩く。

道すがら、氷河もあった。

たった100mしか変わらないのに、徐々に雪が深くなっていく。

土の道が、いつしか雪の道になっていた。

スリップしてしまう、危ない道もある。

そんなこんなで、出発から8時間30分後の、8:30。

ついに、アフリカ大陸最高峰、5,895m地点に到達!

はぁ、、、長い道のりだったよ。

でも、来れた。

来れたよ、私。

あんなに苦しかったのにさ。

それでも、来れた。

うん、やればできる。

約2,000m…一気に下山!下山もツライよ

もちろん、ここで終わりではなく。

これからは、「下山」というイベントが待っている。

今日を含めて5日間かけてここまで来た。

今日これからと明日の、わずか2日間で、下山をするのだ。

下山を開始して間もなく、「頂上のステラポイントまであと5分だよ!」という地点で、欧米人女性が仰向けに横たわって動けなくなっている場面に遭遇。

あと5分なのに…。

だけど、その「あと5分」が、彼女には無理だったんだ。

たぶん、ここまで相当無理をしてしまって、ついに力尽きてしまったんだ。

私も、ペトロの指示に従って休まずに進み続けていたら…きっと彼女の様になっていたに違いない。

それどころか、命も落としていたかもしれない。

ただ、彼女の場合は「ガイドが悪い」とは限らない。

4~5人のグループの様なので、自分だけ「休みたい」とは、言いだせなかったのかもしれない。

周りに気を使って、無理をしてしまったのかもしれない。

私は1人だから、「ガイドを無視して休む」という我儘が通用したのだけど。

だけどやはり、無理はしてはいけないのだ。

下山を開始して間もなく、登山道とは違う「下山道」に入る。

ここは、細かい砂の道だから、大股でずんずんと下って行ける。

転んでも、痛くない道だ。

だけど私は、なんだか調子が悪い。

登山中ほどではないにしても、やはり呼吸は苦しい。

そして、足がガクガクとすくんでしまって、中々速くは歩けない。

登山中ほど頻繁ではないけれど、やはり適度に休憩を取りながら歩く。

下り初めて2時間ほどが経った頃。

ポーターが、「ここを憶えている?」と聞いてきた。

憶えていない…というか、登山中は暗かったから、どんな道だったかなんて何も知らない。

どうやらここが、登山道と下山道の合流地点の様だ。

合流地点まで下って、上を見上げる。

左が登山道で、右が下山道だ。

こんなくねくねの道を、ひたすら一生懸命に登っていたんだなー。

ペトロが、「こちらからのアングルの方が、いい写真が撮れるよ!」と、私を誘う。

だけどそこへ行くには、一旦少し登ってから、また下らなければならない。

立ち止まってシャッターを押す事は出来るけれど、写真の為にわざわざ移動する程の気力は、今の私には残っていない。

私は虚ろで、今すぐにでも倒れそうなのだ。

だけどそれを説明する気力すらない。

ぼーっと、虚ろな表情でペトロを見つめる。

そんな私にペトロは、「早くおいで」と催促をする。

ポーターの彼が、「いいよ、いいよ」と、カメラをしまう様に促して手伝ってくれる。

なんだ、ガイドのペトロよりも、ポーターの彼の方が私の状況を理解しているではないか。

ポーターがペトロにスワヒリ語で何かを言い、ペトロは少し不服そうだ。

そして、12:30。

ようやく、昨夜滞在した最終キャンプ地のバランコキャンプに戻って来た。

後ろを振り返ると、岩だらけの道。

深夜だったから気が付かなかったけれど、こんな岩を登っていたみたい。

下り初めてからは、約3時間30分。

登り始めから考えれば、約12時間30分だ。

長い道のりだった。。

だけど、ここで終わりではない。

今日はこのあと、更に下のキャンプまで移動しなければならないのだ。

もう、ここで滞在じゃダメなのかな??

標高5,895m地点から、4,673m地点まで下りて来たというのに。

私の頭痛や呼吸の苦しさは、まるで治っていなかった。

おかしいなー。

高山病は、標高を下げれば治るはずなのに。

標高を下げたとはいえ、まだ高地だからだろうか。

ペトロが、「40分くらい休んで、昼食を食べてから出発しようか!」と言う。

この虚ろな表情の私を見ても、まだそんな事が言えるのか、この男は。

私は、出来るかぎりの時間を使って休みたい。

「出発は何時かだけ、教えて欲しい」と問う。

相談の結果、15:00にしようという事になった。

それならば。

「それまで、寝るから。絶対に、起こさないでね!」と念押しして、テントに入る。

荷造りの為に30分前に起きるにしても、1時間40分くらいは寝れる。

最低限の事をして、寝袋に入る。

間もなく、ヒョウが降って来たらしく、細かい氷の粒がテントを鳴らす。

雨音とは違う音色。

その音色を遠い意識の中で聞きながら、浅い眠りに着く。

1時間40分後、起き上がってみる。

先ほどよりは、だいぶ楽になっただろうか。

疲れは、癒えている気がする。

だけど頭痛は、癒えていない。

トイレに行く為に、テントを出る。

トイレに行く為に少し歩いているだけなのに、凄く息苦しい。

おかしいな。

昨夜に滞在したときは、平気だったのに。

テントに戻ると、配膳係がフルーツを持ってきてくれた。

これは、嬉しい。

そして、先ほどよりはマシな足取りで、下山を開始する。

本当は、ゴールのゲートより1つ手前のキャンプ地に行く予定だったのだけど。

私の状況を見て、更にもう1つ手前のキャンプ地で終える事になった。

なんだペトロ、たまには気が利くではないか。

霧の中を、無心で下る。

2時間少し経った17:30頃、ハイキャンプ(High Camp)に到着。

標高は3,950m地点まで下りてきている。

先ほどのピーク(頂上)からは、なんと約2,000mも下がっているのだ。

にも関わらず、相変わらずの頭痛と息苦しさは、良くならない。

まぁそれでも、富士山の山頂と同じくらいの標高なのだけどね。

ペトロに、「頭痛と腹痛がするから、夕食はスープだけでいい」と申し出る。

腹痛とは言ったけれど、お腹を壊しているわけではない。

胸やけの様な不快感があるのを、何と言っていいかわからず「腹痛」と言ってみた。

すると、「それは、高地ではよくある事だよ!食べた方がいいよ!」と、相変わらずの単純発想で押し通そうとする。

こんなに虚ろな表情で、体調が悪いと切実に訴えているのに。

それでも、理解してくれないなんて。

それとも、「体調が悪い人には、固形物は避けて、柔らかくて食べやすい物を出してあげよう」という優しさは、日本独自の文化なのだろうか??

「本当にいらない!1口でも食べたら吐く!」と言うと、理解してくれた。

まぁ、結局、いつもの通りの食事が出て来たんだけどね。

お椀3杯分のごはんなんて、食べられると本気で思っているの??

せっかく運ばれて来た食事にはほとんど手を付けず、電気を消して寝袋に入る。

頃合いを見て訪ねて来た配膳係が、静かに下げてくれる。

その後、ペトロが明日の打ち合わせに来た。

起床時間、朝食時間、出発時間を教えてくれる。

それで充分。もう帰ってくれ。

体調が悪いと言っているのに、「チップの件で話し合いがしたい」と言われて呆れる。

「チップの金額は私が決めて、明日渡す。話し合いはしない。」と言って、追い返す。

チップの金額、実はずっと悩んでいた。

マタタツアーズのオーナーに聞いたら、$200~$250が相場だと教えてくれた。

だけど、きっと彼らは給料なんて大してもらってなくて、チップが大きな収入源なのだろう。

6人ものスタッフが、私1人の為に6日間も付き合ってくれたのだ。

相場の上限の$250でも少ない気がして。

$300~$350くらいはあげようかなーとも考えていた。

だけど、このガイドの質の低さ。

相場以上のチップを払う価値は、彼にはまるでない。

という事で、明日は$250をわたそう。

本日の行程

バラフキャンプ(4,673m)
↓(5キロ/8時間30分)
ウフルピーク(5,895m)
↓(5キロ/4時間)
バラフキャンプ(4,673m)
↓(2時間)
ハイキャンプ(3,950m)

▼次回のお話し▼
【キリマンジャロ登山6日目|マチャメルート】ついに最終日!下界に戻るよ

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