バラフキャンプ(4,673m)→ウフルピーク(5,895m)→ハイキャンプ(3,950m)
23時に起きる。
少し、胃もたれと胸やけを感じる。
数時間前に食べた夕食のせいに違いない。
念の為、整腸剤を飲む。
軽食に、ビスケットをもらえた。
そして、深夜0時。
いよいよ、キリマンジャロの山頂に向けてのアタックだ。
アタック
最終キャンプ地から、山頂を目指して登ること
▼前回のお話し▼
【キリマンジャロ登山5日目|マチャメルート】いよいよ、アタック日!高山病と戦いながら
最終キャンプ地(バラフキャンプ)から、キリマンジャロの頂(ウフルピーク)を目指す
外に出ると、既にヘッドライトの光が、山肌に列をなして光っていた。
「私は、出遅れてしまったのではないか」と、不安になる。
最初は、岩場の道を行く。
普段なら、何とも思わない程度の岩場。
だけど防寒の為にたくさん着込んで着膨れした私の足には、少々困難だ。
一歩一歩、一生懸命に登る。
真っ暗な中、ヘッドライトの明かりだけが頼り。
いま自分が、どの様な道を歩いているかなんて、まるでわからない。
ただひたすら、目の前に現れた道を進むだけだ。
歩き始めて少し経った頃。
防寒の為にと思って着ていた厚手のダウンジャケットが、すぐに邪魔になる。
山頂では、必要なのだろうか。
ここではまだ、とても暑い。
ペトロに「彼に預けなよ」と言われて振り向くと、後ろにはポーターがいた。
実は、ガイドのペトロとポーターに挟まれてのアタックだったみたいだ。
全然気づかなかったよ…。
再び、歩みを進める。
歩き始めて1時間。
とあるキャンプ地の横を通り過ぎる。
テントは、4~5棟くらいだから、そこまで大きなキャンプ地ではないみたいだけれど。
ここに泊まることもできるみたいだ。
その方が、アタックの時間を1時間短縮できるから、羨ましいな。
その先は、歩きやすい土の道。
うねうねと、ジグザグに蛇行しながら登る。
まるで富士山みたいだ。
真っ暗でわからないとはいえ、変化のない、退屈な道だ。
少し登ると、眼下に綺麗な夜景が望める。
いつも雨で、下界の景色なんて見えなかったのに。
今日ははっきりと、綺麗な夜景が輝いている。
上を見ても下を見ても、ヘッドライトの光が列をなしている。
少し、安心だ。
色々なチームを追い越したり、追い越されたりしながら、ゆっくりと登っていく。
いま私は、標高5,895mのウフルピークを目指している。
そこは、アフリカ大陸の最高峰。
もし到達すれば、私の人生の最高到達地点にもなる。
今のところの最高到達地点は、ヒマラヤ山脈のカラ・パタール(標高5,550m)だ。
だけどこの調子じゃあ、どこの地点が何メートルかなんてわからないから、きっといつの間にか越えているんだろうな。
むしろ、途中でリタイアした場合は、記録を更新できたのかできていないのかさえ、わからずじまいで終わるという事だ。
2時間ほど経った頃。
少し息が苦しくなってくる。
睡眠不足と胃もたれが、かなり身体に堪える。
昨夜はたったの3時間しか寝ていないのだ。
睡眠不足は、高山病の大きな敵。
いっぱい食べる事よりも、しっかりと睡眠を取る事の方が、何倍も大切。
だから、食事はそこそこに、早く眠りたかったのに。
いつもの通り大量に夕食をだされて、胃もたれと睡眠不足でかなり辛い。
ペトロは、ガイドのくせに何もわかっていない。
登るにつれて、呼吸が苦しくなってくる。
睡眠不足と酸素不足で、歩きながら眠りそうになる。
「少し休みたい」と言って、岩に座る。
ペトロは、「そんなに休めないよ!2分だけだ!」という。
煩いな、それくらいのつもりだったよ。
だけど、確かに「少し」としか言わなかった私も悪いか。
次に休みたくなった時、「2分だけ休ませて」とはっきりと告げて休む。
目を閉じて意識を遠くに追いやりながら脳を休め、ゆっくりと深く呼吸をする。
そうする事で、次に歩き出した時に、ずいぶんと楽なのだ。
それなのにペトロが「寝るな!!」と、私の休息を妨害する。
煩いなー。
私の大切な休憩時間を、邪魔しないで欲しい。
「寝てない!ただ呼吸しているだけだよ!」
するとペトロが、「呼吸は、こうやってやるんだよ」と、激しいリズムで鼻呼吸をして見せる。
え…嘘でしょ???
本気で言っているの???
この人、やっぱり素人だ…。
この瞬間、私の中での「ペトロは登山素人説」が確証を持つ。
正しい知識も持たないままに、「ただひたすら、大量に食べ物を摂取すれば登れる」と本気で思っているのだ。
それ以上に大切な、歩き方であったり、呼吸法であったり…そういうものを、一切知らないのだ。
一度に大量に食事を取るよりも、こまめに水分補給をしたり行動食を食べたりする方が大切だと、知らないのだ。
私だって、登山は素人だけれど。
そんな私でも意識している事を、プロであるべき彼は知らないのだ。
唖然としてしまったよ。
アタックも、半分は過ぎたと思うのだけど…。
私の「呼吸が乱れる間隔」が、徐々に短くなっていく。
息が苦しい。
酸素が足りない。
これ以上、無理して登ったら、たぶん生きては帰れない…。
そう思うから、「これ以上歩けない」と思うタイミングで、岩に座り込んで呼吸を整える。
そうして、呼吸が整って、「もう少し行けそうだ」と思えたら、また山頂へと歩みを進める。
それが、私の登山方法。
なのにペトロが、「休むな!歩き続けろ!」と、私が呼吸を整える為の、わずなか休憩すら許してくれない。
え、休まず登ったら命の危険すら感じるレベルだから、休んでいるのだけど。。。
「疲れたから休む」の休憩とは、わけが違う。
「酸素不足で身の危険を感じるから、呼吸を整える為に留まる」のだ。
「休むな」と煩いペトロは完全に無視をして、私は私のタイミングで休む。
こんな素人のいう事を聞いていたら、自分の命は守れない。
彼に、私の命は預けられない。
この5日間で、そう判断したのだ。
あまりにも「休むな」と煩いから、「あなたは私を殺したいの?」と聞いてみた。
そうしたら、しばらくは黙ってくれるようになった。
また、すぐに煩くなったけれど。
私は、もちろん登頂はしたい。
だけど、命をかけてまで、挑んでいる挑戦ではない。
頂上は目指すけれど、「今の私の力で、行ける所まで行きたい」と思っている。
「もう限界だ。これ以上は登れない。今すぐに下山したい」
そう思って、ふらふらと岩場に倒れこむように座る。
だけど、そこで呼吸を整えて、「もう少しだけ、登ってみようか」と思い直す。
そしてまた、辛くなる…。
それの繰り返しで、ピーク(山頂)を目指しているのだ。
呼吸を整えた上で、「これ以上高度を上げれば、命を落とす」と思った時が、私の挑戦終了の時だ。
そういう気持ちで、登っている。
ペトロに、それを妨害する権利はない。
他のチームでも、やはり岩に座って休んでいる人がいる。
そんな登山者に、ガイドは励ましの言葉をかけたり、水を飲ませてあげたり、背中をさすってあげていたりする。
「休むな!登り続けろ!」と言っているガイドは、1人もいない。
いいなー。
隣の芝が、真っ青に見えるよ。。。
山頂が見えて来た。
もしかしたら、辿り着くかもしれない。
そう考えたら、泣きそうになってくる。
泣きそうになると、余計に呼吸が乱れる。
頑張って深く呼吸をしながら、登り続ける。
そして、登り始めてから7時間後の午前7時。
ついに、頂上のステラポイント(Stella Point)に着く。
標高は、5,765m。
人生の最高到達地点は、達成したみたいだ。
ステラポイントから、アフリカ大陸最高峰のウフルピークへ
雲海の中からは、いつの間にか太陽が顔を出していた。
あちらは、私が使ったのとは別のルート、マラングルートの人が使う道。
ポーターが、紅茶を淹れてくれた。
山頂で、温かい紅茶を飲みながら、ほっと一息。
実はここは、目指していたウフルピークではない。
ウフルピークは、ここから更に片道1時間ほどの先にある。
ここステラポイントとの標高差は、約100mほどなのだけど。
ここは、クレーターの淵の上。
たぶん、あれだ。富士山と一緒だ。
富士登山の場合も、各ルートの終点まで行けば、「登頂」となる。
ただし、本当の富士山の最高峰に行く場合は、クレーターの淵沿いを更に1周1時間30分ほど歩いて「剣ヶ峰」と言う場所を踏まなければならない。
それを、「お鉢巡り」と言う。
ただ、お鉢巡りはしなくても、「登頂」とは言える。
だって、クレーターの淵上のどこを取っても、「山頂」と言えるのだから。
だから、私はこのステラポイントに到達した時点で、キリマンジャロの「登頂」には成功したのだ。
だけど、「最高峰」を目指すのであれば、富士山で言うところのお鉢巡りをして、「ウフルピーク」まで行かなければならない。
えー。
もう別にいいかなー。
片道1時間の道のりなんて、もう無理だよー。
だけど、「行かない」という選択肢はないみたいだ。
富士山の剣ヶ峰は、行かない人も結構いるんだけどな。
ウフルピークに関しては、どうやら「当然行くもの」らしい。
仕方がないので、また歩く。
道すがら、氷河もあった。
たった100mしか変わらないのに、徐々に雪が深くなっていく。
土の道が、いつしか雪の道になっていた。
スリップしてしまう、危ない道もある。
そんなこんなで、出発から8時間30分後の、8:30。
ついに、アフリカ大陸最高峰、5,895m地点に到達!
はぁ、、、長い道のりだったよ。
でも、来れた。
来れたよ、私。
あんなに苦しかったのにさ。
それでも、来れた。
うん、やればできる。
約2,000m…一気に下山!下山もツライよ
もちろん、ここで終わりではなく。
これからは、「下山」というイベントが待っている。
今日を含めて5日間かけてここまで来た。
今日これからと明日の、わずか2日間で、下山をするのだ。
下山を開始して間もなく、「頂上のステラポイントまであと5分だよ!」という地点で、欧米人女性が仰向けに横たわって動けなくなっている場面に遭遇。
あと5分なのに…。
だけど、その「あと5分」が、彼女には無理だったんだ。
たぶん、ここまで相当無理をしてしまって、ついに力尽きてしまったんだ。
私も、ペトロの指示に従って休まずに進み続けていたら…きっと彼女の様になっていたに違いない。
それどころか、命も落としていたかもしれない。
ただ、彼女の場合は「ガイドが悪い」とは限らない。
4~5人のグループの様なので、自分だけ「休みたい」とは、言いだせなかったのかもしれない。
周りに気を使って、無理をしてしまったのかもしれない。
私は1人だから、「ガイドを無視して休む」という我儘が通用したのだけど。
だけどやはり、無理はしてはいけないのだ。
下山を開始して間もなく、登山道とは違う「下山道」に入る。
ここは、細かい砂の道だから、大股でずんずんと下って行ける。
転んでも、痛くない道だ。
だけど私は、なんだか調子が悪い。
登山中ほどではないにしても、やはり呼吸は苦しい。
そして、足がガクガクとすくんでしまって、中々速くは歩けない。
登山中ほど頻繁ではないけれど、やはり適度に休憩を取りながら歩く。
下り初めて2時間ほどが経った頃。
ポーターが、「ここを憶えている?」と聞いてきた。
憶えていない…というか、登山中は暗かったから、どんな道だったかなんて何も知らない。
どうやらここが、登山道と下山道の合流地点の様だ。
合流地点まで下って、上を見上げる。
左が登山道で、右が下山道だ。
こんなくねくねの道を、ひたすら一生懸命に登っていたんだなー。
ペトロが、「こちらからのアングルの方が、いい写真が撮れるよ!」と、私を誘う。
だけどそこへ行くには、一旦少し登ってから、また下らなければならない。
立ち止まってシャッターを押す事は出来るけれど、写真の為にわざわざ移動する程の気力は、今の私には残っていない。
私は虚ろで、今すぐにでも倒れそうなのだ。
だけどそれを説明する気力すらない。
ぼーっと、虚ろな表情でペトロを見つめる。
そんな私にペトロは、「早くおいで」と催促をする。
ポーターの彼が、「いいよ、いいよ」と、カメラをしまう様に促して手伝ってくれる。
なんだ、ガイドのペトロよりも、ポーターの彼の方が私の状況を理解しているではないか。
ポーターがペトロにスワヒリ語で何かを言い、ペトロは少し不服そうだ。
そして、12:30。
ようやく、昨夜滞在した最終キャンプ地のバランコキャンプに戻って来た。
後ろを振り返ると、岩だらけの道。
深夜だったから気が付かなかったけれど、こんな岩を登っていたみたい。
下り初めてからは、約3時間30分。
登り始めから考えれば、約12時間30分だ。
長い道のりだった。。
だけど、ここで終わりではない。
今日はこのあと、更に下のキャンプまで移動しなければならないのだ。
もう、ここで滞在じゃダメなのかな??
標高5,895m地点から、4,673m地点まで下りて来たというのに。
私の頭痛や呼吸の苦しさは、まるで治っていなかった。
おかしいなー。
高山病は、標高を下げれば治るはずなのに。
標高を下げたとはいえ、まだ高地だからだろうか。
ペトロが、「40分くらい休んで、昼食を食べてから出発しようか!」と言う。
この虚ろな表情の私を見ても、まだそんな事が言えるのか、この男は。
私は、出来るかぎりの時間を使って休みたい。
「出発は何時かだけ、教えて欲しい」と問う。
相談の結果、15:00にしようという事になった。
それならば。
「それまで、寝るから。絶対に、起こさないでね!」と念押しして、テントに入る。
荷造りの為に30分前に起きるにしても、1時間40分くらいは寝れる。
最低限の事をして、寝袋に入る。
間もなく、ヒョウが降って来たらしく、細かい氷の粒がテントを鳴らす。
雨音とは違う音色。
その音色を遠い意識の中で聞きながら、浅い眠りに着く。
1時間40分後、起き上がってみる。
先ほどよりは、だいぶ楽になっただろうか。
疲れは、癒えている気がする。
だけど頭痛は、癒えていない。
トイレに行く為に、テントを出る。
トイレに行く為に少し歩いているだけなのに、凄く息苦しい。
おかしいな。
昨夜に滞在したときは、平気だったのに。
テントに戻ると、配膳係がフルーツを持ってきてくれた。
これは、嬉しい。
そして、先ほどよりはマシな足取りで、下山を開始する。
本当は、ゴールのゲートより1つ手前のキャンプ地に行く予定だったのだけど。
私の状況を見て、更にもう1つ手前のキャンプ地で終える事になった。
なんだペトロ、たまには気が利くではないか。
霧の中を、無心で下る。
2時間少し経った17:30頃、ハイキャンプ(High Camp)に到着。
標高は3,950m地点まで下りてきている。
先ほどのピーク(頂上)からは、なんと約2,000mも下がっているのだ。
にも関わらず、相変わらずの頭痛と息苦しさは、良くならない。
まぁそれでも、富士山の山頂と同じくらいの標高なのだけどね。
ペトロに、「頭痛と腹痛がするから、夕食はスープだけでいい」と申し出る。
腹痛とは言ったけれど、お腹を壊しているわけではない。
胸やけの様な不快感があるのを、何と言っていいかわからず「腹痛」と言ってみた。
すると、「それは、高地ではよくある事だよ!食べた方がいいよ!」と、相変わらずの単純発想で押し通そうとする。
こんなに虚ろな表情で、体調が悪いと切実に訴えているのに。
それでも、理解してくれないなんて。
それとも、「体調が悪い人には、固形物は避けて、柔らかくて食べやすい物を出してあげよう」という優しさは、日本独自の文化なのだろうか??
「本当にいらない!1口でも食べたら吐く!」と言うと、理解してくれた。
まぁ、結局、いつもの通りの食事が出て来たんだけどね。
お椀3杯分のごはんなんて、食べられると本気で思っているの??
せっかく運ばれて来た食事にはほとんど手を付けず、電気を消して寝袋に入る。
頃合いを見て訪ねて来た配膳係が、静かに下げてくれる。
その後、ペトロが明日の打ち合わせに来た。
起床時間、朝食時間、出発時間を教えてくれる。
それで充分。もう帰ってくれ。
体調が悪いと言っているのに、「チップの件で話し合いがしたい」と言われて呆れる。
「チップの金額は私が決めて、明日渡す。話し合いはしない。」と言って、追い返す。
チップの金額、実はずっと悩んでいた。
マタタツアーズのオーナーに聞いたら、$200~$250が相場だと教えてくれた。
だけど、きっと彼らは給料なんて大してもらってなくて、チップが大きな収入源なのだろう。
6人ものスタッフが、私1人の為に6日間も付き合ってくれたのだ。
相場の上限の$250でも少ない気がして。
$300~$350くらいはあげようかなーとも考えていた。
だけど、このガイドの質の低さ。
相場以上のチップを払う価値は、彼にはまるでない。
という事で、明日は$250をわたそう。
バラフキャンプ(4,673m)
↓(5キロ/8時間30分)
ウフルピーク(5,895m)
↓(5キロ/4時間)
バラフキャンプ(4,673m)
↓(2時間)
ハイキャンプ(3,950m)
▼次回のお話し▼
【キリマンジャロ登山6日目|マチャメルート】ついに最終日!下界に戻るよ