10月4日にジリからスタートしたトレッキングは、24日後の10月27日に終わった。
元々、私のこの旅は「インド旅行」。
インドへ行くなら、隣国のネパールへも行こうかな。
ネパールへ行くなら、トレッキングでもしようかな。
本気で挑んでいる人には怒られるかもしれないけれど、そんな軽い動機で始めたこのトレッキング。
全てを終えた今、「私はこのトレッキングの為に日本を出たのかもしれない」と感じている。
ヒマラヤの景色は、確かに美しかった。
目の前に立ちはだかるエベレストには、大変圧倒された。
この景色を見れたなら、次の目的地ゴーキョには行かなくてもよいのではと思うほどに素晴らしかった。
そして、多大な達成感も感じる事ができた。
だけど、それよりも何よりも、私は「人間の優しさ」を知った。
大変な時、困っている時、必ず誰かが声を掛けてくれた。
必ず誰かが励ましてくれた。
そして、時には手を差し伸べてくれた。
一匹狼タイプな私が、「人間っていいな」と、心から感じた。
初日2日目は、すぐ隣の町に行くだけで精一杯だった。
何度も道を間違えるし、荷物は重たいし、こんなトレッキングは楽しくないと嘆いていた。
3日目からは、ポーターを雇った。
あぁ荷物が軽いって素晴らしい、トレッキングがとても楽しいと喜んだ。
だけどすぐに、彼とは人間性が合わな過ぎると感じる様になった。
そして、ポーターに付いて行くだけのトレッキングにも不満を感じていた。
全てが彼のペースで、私は「歩いている」というよりも「歩かされている」という感じだった。
そんな状態で歩いていると、頭の中はネガティブ思考で満ち溢れてくる。
現状の自分への不満、過去に私の身に起こった悲しい出来事の数々…そんな事ばかり考えていた。
自分の「愚かさ」「醜さ」「弱さ」と対面していた。
ポーターと別れて再び独りになると、「前向きさ」が急に戻ってきた。
本来、私の「精神力」は強い。「心」が弱いだけで。
そして、「一人でこの先のトレッキングを乗り越えよう」「私はより強くなりたい」と願った。
前向きに、一歩一歩を力強く歩き始めた。
その数日後に見たカラ・パタールからのエベレストは、本当に素晴らしかった。
その2日後に迎えたチョラパス越えで、私は大切なものを得た。
標高5420mのその峠は、重い荷物を背負った軟弱な私にとっては大変厳しいものだった。
一人では、絶対に乗り越えられなかった。
たくさんの親切な人々が、私に手を差し伸べてくれた。
「強さ」って何だろうと思った。
強いだけではダメで、優しさを兼ね備えた人になりたいと思った。
がむしゃらに一人で頑張るのではなくて、時には人を頼ってもいいんだと知った。
絶対に固く冷たいものだと思っていたその手は、触ってみれば本当に暖かく柔らかい手だった。
例えばこの先、冷たい手を触ってしまう事があったとしても、全ての人の手が冷たいだなんて怯えてはいけないんだ。
それは対人関係に消極的な私にとっては、とても大きな発見。
下山の時、トレッキング序盤で一度顔を合わせたトレッカーに再会した。
彼に触発されて、私は「より強くなりたい」と闘志を燃やした。
「強さ」の本当の意味など、まだわからないのだけど。
「女の子」を捨てようと思った。
「女の子にしては強い人」ではなく、「強い女性」を目指そうと決めた。
トレッキング序盤では、「大丈夫?」「手伝おうか?」と心配されたり励まされるばかりだった。
チョラパス越えを乗り越えた後は、「ストロングガール」「タフガール」と言われるようになった。
そして最終日、「ストロングレディー」と言ってくれる人に出会った。
ジリまで一人で行き、ジリから一人でトレッキングをスタートした。
最終日は、途中で出会った4人のトレッカーと共にゴールした。
彼等と共に、13時間の悪路のジープでカトマンズへ戻った。
一緒にいてとても心地がよく、信頼もできる「仲間」だと感じた。
私がこの24日間で出会った全ての人、全ての出来事は、あの日あの瞬間だったからこそ得られた奇跡。
例えもう一度同じルートを歩いたとしても、同じ体験は二度とできない。
だからこそ、この思い出はかけがえのない私の宝物。
カトマンズへ戻って数日間は、「ヒマラヤンロス」に悩まされた。
毎日毎日、その日の目標に向かって歩き続けていた私。
突然ツーリストに戻っても、これからどこに向かって歩けばいいのかが皆目わからなくなった。
「トレッカー」だった自分を捨てきれず、「ツーリスト」に戻る決心が中々つかなかった。
私の顔は、とてもひどい。
唇は赤紫色に変色して、日焼けと乾燥でガサガサ。
毎日鼻水が出るから、鼻をかみ過ぎて鼻の下が風邪ひき小僧の様に荒れている。
鼻をかんだ時に日焼け止めが取れたのか、鼻の頭だけが真っ黒に日焼けをしている。
そして今はぼそぼそと皮がむけ始めている。
鼻をかむと、毎日血の塊が出た。
たぶん中もボロボロなんだろう。
毎日サングラスをしていたから、外すとパンダ目になっている。
私の手は、真っ黒に日焼けをしている。
紫外線と乾燥の影響で黒くシワシワで、寒さの影響で指のあちこちがぱっくりと切れている。
その切れ目には、砂や泥が染みこんでいる。
転んだ時の掌の傷も、まだ癒えていない。
私の足には、大きな青あざが無数にある。
私の腰や肩は、バックパックの重みを受けて、赤いあざがくっきりと染みついている。
顔のひどさは、早く治ればいいなと思う。
だけどそれ以外の部分は、治ってくれなくてもいいのにと思う。
だってこの傷の一つ一つに、思い出がたくさん詰まっている。
カラ・パタールやゴーキョで絶景を見ながら思った。
「もう二度とここへは来ない。例え誰に誘われたって、絶対に。」
「だけど、人生のうちでたった一度、ここへ来られて本当に良かった」
下山をしながら思った。
「トレッキングは、しばらくはいいや。」
さらに数日後に思った。
「トレッキングなんて、二度としたくない。」
そして今はこう思う。
「機会があったら、またここに挑戦したい。」
ある人が私に言った。
「これからの冒険の為に、あたなはより強くなる必要がある」と。
私はもう後ろは振り返りたくないし、下を向く事すら避けていきたい。
ただひたすらに、前を向いて歩いて行きたい。
そう私に思わせる事ができた「ヒマラヤの大地」は、とても偉大だ。