ディンボチェ(Dingboche)4410m
昨夜ディネスが体調不良を訴え、今朝早くに去っていった。
頭が痛いので、途中の町まで下って医者にかかり、可能なところから弟のバイクで帰宅するとの事だ。
まさか、高地では軟弱な私より先に、現地の男がダウンするとはね。
ディネスの住まいは標高2000m程の地点だから、私より強いはずなんだけど。
ディネスは、よく喋る。
すれ違う人全員に話しかけ、方向が一緒なネパール人に会えばずっと喋り続けている。
相手がネパール人であっても、ディネスが8割は喋っている。
離れていても聞こえるくらいの大声で。
そりゃあ、酸素不足にもなりますよ。
一方、私はディネスがあまり好きではなかった。
その思いは日に日に増し、近くにいると強い不快感を抱くほどになっていた。
人として最低限の愛想は保っていたつもりだけれど、その思いが伝わっていたのかもしれない。
だから、私の中では「ディネス仮病説」も疑っている。
どちらにしても、ディネスは私の元を去っていった。
行きずりの男に9日間で逃げられる私って、一体…。
「10:00頃には代理のポーターがくるよ」と言うので10:30頃まで待ってみたけれど、それらしき人物はこない。
明日から一人で行動することも考えて、久々にバックパックを背負ってみる。
!!!!!
あまりの軽さに衝撃を受ける。
まるで、荷物の大部分を紛失してしまったかの様だ。
原因をいくつか考えてみる。
- 高地に来たため身に着ける衣服の量が増えた。(荷物の衣服が減った)
- 消耗品が若干減った。
- トレッキング中に、私が強くなった。
- 着込んでいる衣服がクッションになり、腰や肩のベルトの負担が吸収されている。
どれもイマイチな理論なんだけど、色々な原因が複合的に重なっているのかもしれない。
もしくは、歩き始めたらやっぱり辛いのかもしれない。
だけど、これなら一人で行けそう。
(あとは道に迷わなければ…)
こんなに軽い荷物なら、代理のポーターなんてむしろ来ないで欲しいな…。
もともと、私のこの旅は一人旅。
荷物と道の問題さえなければ、本当は一人で気ままに歩きたいんだ。
明日の目的地は「ロブチェ」。
ロブチェへ向かう坂道を、丘の上まで登ってみる。
丘の先には、昨日雲で見えなかった世界が露わになっていた。
こっちがロブチェなのかな…トレッカーたくさん歩いているし。
丘を越えて、荒涼とした世界へ続く道もある。
こっちかな…地図の方角的にはこっちな気がする。
まぁ、また人に尋ねながら歩いて行こう。
あの時とは違って、ルクラ以降はたくさんの人や町があるのだから。
ディンボチェは本当に小さい町で、街歩きにも飽きてしまった。
宿に戻って、500ルピー(500円)もする高級チップスターを食べながら漫画を読むことにした。
『凍りの掌 シベリア抑留期』おざわゆき著
来年2月に行く予定だった「シベリア旅行」の為に購入していた電子コミック。
著者の父親の実体験を元に書かれたノンフィクション物語。
寒い寒いヒマラヤの山の中で読むと、暖かい夏の日の大阪で読んだときとは違った印象を受ける。
だけど、夏服で過ごすシベリアの冬に比べたら、私が感じている寒さなどむしろ暑いくらいだろう。
明日以降、例え私の身に何が起きようとも、彼等の明日をも知れぬ絶望と苦しみに比べたら、全く大したことはないのだ。